出典:浅草寺、三井住友トラスト不動産

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浅草寺宗派や歴史の簡単な概要やまとめ!歴史年表等

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日本を代表するパワースポットでもあり、観光地としても知られる浅草寺の宗派や歴史を振り返り、簡単な概要、年表や起源等についてまとめてご紹介致します。

賑やかな仲見世があったり見所が盛りだくさんですが、せっかく参拝するなら浅草寺の歴史について学んでみませんか?

足を運ぶ前に事前の予習を兼ねてご覧いただきたいと思います。

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浅草寺の宗派とは?

聖観音

菩提樹の下で悟りを開かれるお釈迦さまが描かれた「成道図」。

浅草寺の宗派は聖観音宗であり、その本山。

1949年(昭和24年)までは天台宗でしたが、1950年(昭和25年)から現在の聖観音宗になっています。

聖観音菩薩

御本尊は聖観世音菩薩様。

御開扉法要について

御開扉法要

普段その姿を拝むことは出来ませんが、毎年12月13日午後2時より拝む事が出来ます。

年に一度の御開扉法要はとっても貴重な1日ですね。

浅草寺の歴史についての簡単な概要!

浅草寺は1400年の歴史を持つ観音霊場として知られていますが、その起源は飛鳥時代にまでさかのぼります。

628年3月18日の早朝!

飛鳥時代 浅草寺期限現在の隅田川で当時宮戸川と呼ばれていた川のほとりに住む槍前浜成・竹成兄弟が漁を行っている最中、網の中に像がかかっているのを発見しました。

彼らは仏像の知識があまりなかった為、水中に戻して漁を再開。何度か網を放ちましたが引き上げるたびに仏像が網にかかったのです。

本来の目的である魚は全く獲れなかった為仏像を持ち帰る事に。

土師中知というその土地の長に仏像を見せたところ“聖観音菩薩”の尊像である事が判明。

浅草寺起源

翌3月19日に草で作ったお堂に観音様をお祀りしました。
これが浅草寺のはじまりとされています。

土師中知は「御名前を称えて願い事をすれば必ず功徳を授けてくださる仏様」と人々に語り聞かせ、自宅を寺として改装し生涯を観音様の供養に捧げました。

魚の網に何度も観音様の姿が現れたなんてとっても不思議ですよね。

現在も多くの参拝客で賑わい人々の心に寄り添う浅草寺は、私たち人間へのプレゼントだったのかもしれません。

浅草寺がどの様にして誕生したのかが分かると、参拝出来る事への感謝の気持ちが湧いてきますよね。

では現在までどの様な歴史を辿ってきたのか、もう少し詳しく見てみましょう。

浅草寺の歴史まとめ!

浅草寺の起源をご紹介させて頂きましたが、数々の歴史を経て現在に至っています。ではどの様な出来事があったのか簡単にご紹介致します。

勝海上人が観音堂を修造!

観音様が姿を現した628年から17年後の645年(大化元年)勝海上人という僧が観音堂を修造しました。

ある夜の事 勝海上人の夢に観音様が現れ「みだりに拝するなかれ」と告げられたそうで、以来現在に至るまで御本尊は御宮殿に泰安されています。

浅草は次第に宗教の聖地として発展しましたが、1041年(長久2年)12月22日に起きた大地震により浅草寺の堂舎は崩れ境内が荒れた状態に。

寂円上人が本堂を完成!

この様子を見た寂円上人という修行僧が再建を決意。

近隣の山中から木を切り出し1051年(永承6年)に本堂を完成させました。

しかしながらこの本堂も長く続かず1079年(承暦3年)原因不明の火災によって焼失してしまいます。

この際御本尊が本堂の西にあった榎の梢に自ら避難されたという故事が伝えられています。

用舜上人が浅草寺を再建!

その後1169年(仁安4年)寺の学問を統括していた用舜上人が中心となって浅草寺は再建されました。

浅草寺の再建に多くの方々が力を注いだ事が分かりますよね。
それだけ欠かす事が出来ない大きな存在だったのではないでしょうか。

源義朝が観音像を奉納!

歴史に名を残す源頼朝も浅草寺に大きく関わった人物です。
彼の父親である義朝は浅草寺に観音像を奉納。

この像は御本尊が火災から避難されたとされる大榎で作られたものと伝えられ、現在も毎年1月に行われる「温座秘宝陀羅尼会」の御本尊となって拝まれています。

話が少し逸れてしまいましたが観音様を熱く信仰する源頼朝は、平家との戦いの前に浅草寺で勝利祈願を行いました。

その後藤原氏との戦いの際も戦勝を祈願して浅草寺に約35万7000㎡の田園を寄進しています。

やがて源平の戦いによって西上した武士達は西国三十三観音礼所を見聞して信仰を深め、これが元になって坂東三十三観音礼所が整えられました。

鎌倉時代初期の頃です。

現在も関東の礼所を回る坂東三十三観音巡礼をされる方が沢山いらっしゃいますが、鎌倉時代から伝わる歴史ある巡礼だったのですね。

長い時を経て人々が伝え守られてきた事に感慨深いものを感じます。

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浅草寺 歴史年表のおさらい!

鎌倉時代までの浅草寺の歴史をお伝え致しました。
ここから先は簡単に年表で見てみましょう。

浅草寺室町時代

  • 室町時代~安土桃山時代

足利氏など多くの武将の崇敬を集めました。

  • 1413年(応永20年) 足利持氏が経蔵を再建して寄進。
  • 1590年(天正18年) 徳川家康の入府によって祈願所に選定。
源氏

源頼朝の参詣

浅草寺は江戸城の鬼門にあたり、源頼朝を尊敬していたこともあって数あるお寺の中から選ばれた様です。

家康は関ヶ原の戦いの前に浅草寺で戦勝を祈願し見事勝利を収めた為、その霊験が広く知れ渡りました。

  • 1625年(寛永2年)江戸上野に寛永寺を健立。

徳川幕府と人々の平安を祈願する為のお寺でしたが、仏教界に君臨。
浅草寺も寛永寺の支配下に置かれ、この状態は幕末まで続きました。

  • 明治維新後は東京府の管轄となります。
  • 1890年(明治23年)日本初となるエレベーターを備えた凌雲閣という名の展望台が設立。
浅草繁栄

浅草の繁栄

明治から昭和にかけて時代を先取りする街として栄えました。

関東大震災

関東大震災時の浅草

  • 再建以来300年間建物は何事も無く、関東大震災では避難所となり約5万人の人々を救いました。
  • 1945年(昭和20年)3月10日の東京大空襲。

その姿を失ってしまいます。

浅草寺着工

新本堂の着工

  • 1951年(昭和26年)新本堂の再建を着工。
  • 1958年(昭和33年)無事完成しました。
雷門再建

松下幸之助氏による雷門の再建

  • 1964年(昭和39年)雷門の再建。

パナソニックを創り上げた社長として知られる松下幸之助さんにより雷門が再建。

  • 1964年(昭和39年)宝蔵門の再建。

大谷重工業・大谷米太郎ご夫妻によって宝蔵門が再建

  • 1973年(昭和48年)五重塔を再建。

現在に至っています。

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浅草寺 宗派や歴史の簡単な概要のまとめ!

簡単に浅草寺の歩みをご紹介させて頂きましたが、改めて歴史を振り返ると本当に様々な事を乗り越え人々に寄り添ってきた事が分かりますよね。

これから外国人観光客の方が沢山増える事が予想されますし、益々人々にパワーを与えるお寺として親しまれるのではないでしょうか。

多くの人々で賑わう日本を代表するパワースポット 浅草寺の歴史についてご紹介させて頂きました。

歴史を知る事でより参拝の有り難さを感じますよね。

浅草寺へ訪れる際はぜひ歴史の知識を頭の片隅に入れ、参拝して頂きたいと思います。

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